概要
インスリンバイアルから薬液を調製するときは、インスリン専用注射器を使う。PMDAが改めてこの原則を打ち出しました。
厚生労働省医薬局医薬安全対策課は、令和8年4月27日付で事務連絡を発出しました。PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)が医療安全情報No.73「インスリン専用注射器の使用について」を公表したことを受けた周知依頼です。宛先は都道府県・保健所設置市・特別区の衛生主管部局で、管下の医療機関への周知が求められています。
直接の名宛人は自治体と医療機関です。ただし注射器の製造販売業者にとっても他人事ではありません。「単位」「UNITS」表示の明瞭さ、保管条件の情報提供、医療機関への安全使用の啓発。この3点で企業側の対応が問われます。

1. 背景と目的
1.1 繰り返し報告される単位換算の誤り
医療安全情報No.73が問題にしているのは、インスリンバイアルからの調製工程です。専用注射器を使わずに一般の注射器で薬液を量り、単位換算を誤る。本来投与すべき量を上回る投与に至った医療事故やヒヤリ・ハット事例が、繰り返し報告されています。
「繰り返し」という表現が重いところ。単発の事故ではなく、構造的に起こり続けているエラーだと当局が捉えている証拠です。
1.2 なぜ換算ミスが起きるのか
インスリン製剤の投与量は「単位(U)」で指示されます。一方、一般的なディスポーザブル注射器の目盛はmL。処方の指示と手元の目盛で単位系が食い違っています。
国内で広く使われるインスリン製剤は100単位/mLの濃度です。つまり1単位は0.01mL。ここで小数点の位置を取り違えると、桁違いの過量投与に直結します。インスリン専用注射器は目盛そのものが「単位」で刻まれており、この換算作業を丸ごと不要にする設計になっています。
過量投与の帰結は重症低血糖。意識障害や昏睡に至るおそれがあります。PMDAが副題で「投与量の誤りが重大な健康被害につながるおそれがあります」と明記したのは、このためです。
1.3 情報源と周知ルート
医療安全情報の根拠となる事例は、公益財団法人日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業および薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業から集められています。薬機法に基づく副作用・不具合報告も情報源です。現場から上がった報告が専門家の意見を経て注意喚起に還元される、という流れになります。
本事務連絡の写しは関係9団体にも送られました。日本医師会、日本薬剤師会、日本看護協会、日本病院薬剤師会、日本病院会、日本精神科病院協会、日本医療法人協会、全日本病院協会、日本製薬団体連合会です。日本製薬団体連合会が名を連ねている点は、産業側にも情報が届く設計であることを示しています。
なお本情報は、関連するPMDA医療安全情報No.23改訂版とあわせて参照する構成です。
2. 医療現場に求められる2つのポイント
2.1 専用注射器を「選べる」環境をつくる
第一のポイントは環境整備です。注意力に頼るのではなく、専用注射器が自然に手に取られる配置にする。PMDAは3つの工夫例を挙げています。
- インスリンバイアルと専用注射器をセットで配置する
- バイアルに専用注射器へ誘導するタグを付ける
- 一般注射器の保管場所に「インスリンには使用しない」旨を表示する
いずれもエラープルーフの発想です。人の判断が介在する余地を減らし、正しい選択が既定路線になるよう仕組みで支えます。
注意点が一つあります。注射器の保管条件は製造販売業者ごとに異なります。インスリン専用注射器を冷蔵庫内で保管する運用を組む場合は、各社への確認が必要です。
2.2 「単位」「UNITS」の表示を確認する
第二のポイントは、使う直前の目視確認です。手に取った注射器に「単位」または「UNITS」の表示があるかを確かめます。
インスリン製剤を保管する冷蔵庫への注意書き掲示も有効とされています。医療安全情報の図は、切り取って掲示物として活用できるよう作られています。
3. 製造販売業者に求められる実務対応
3.1 表示と添付文書の点検
現場の確認行為は、「単位」「UNITS」表示が確実に読み取れることが前提です。インスリン専用注射器を製造販売する企業は、自社製品の目盛表示が明瞭か、使用時に擦れて判読できなくならないかを改めて点検すべきです。
添付文書側では、インスリンバイアルからの調製に用いる旨と、一般注射器との取り違えに関する注意喚起の記載状況を確認します。
3.2 保管条件の情報提供
医療安全情報は「保管条件は製造販売業者により異なる」と明記し、各社への確認を医療機関に促しています。裏を返せば、問い合わせが企業に集中し得るということ。
冷蔵保管の可否と条件を添付文書や製品情報で分かりやすく示し、問い合わせ窓口の回答内容をそろえておく必要があります。医療機関の環境整備を止めないための実務対応です。
3.3 一般注射器側も無関係ではない
工夫例の3つ目は、一般注射器の保管場所への表示でした。汎用のディスポーザブル注射器を扱う企業にとっても、誤用のシナリオが公的文書に明記された意味は小さくありません。
情報提供資材や医療機関向けの説明の中で、インスリン調製には専用注射器を使う旨に触れる余地があります。
3.4 GVP上の位置づけ
公表された医療安全情報は、GVP省令にいう安全管理情報に該当し得ます。収集して検討し、必要な措置を講じる流れは製造販売後安全管理の基本業務です。
自社製品が関わるエラー類型が公的に指摘された以上、社内で検討記録を残さないまま放置する対応は避けるべきです。同種事例の不具合報告が寄せられた際、検討の跡がないことが問題視されかねません。
なおPMDAは、本情報が医療関係者の裁量を制限したり、義務や責任を課したりするものではないと明記しています。企業側の対応も規制上の新たな義務ではなく、安全確保のための自主的な取り組みという位置づけになります。
まとめ
PMDA医療安全情報No.73では、インスリンバイアルから薬液を調製する際は、インスリン専用注射器を使用することが改めて注意喚起されました。一般注射器を使用すると、「単位(U)」と「mL」の換算ミスによって過量投与につながるおそれがあります。医療機関では、専用注射器を選びやすい保管・配置の工夫や、使用前の「単位」「UNITS」表示の確認など、ヒューマンエラーを防ぐ環境整備が重要です。
一方、医療機器の製造販売業者にとっても、今回の医療安全情報は確認して終わりではありません。自社製品への影響を評価し、表示・注意事項等情報・保管条件・医療機関向け情報提供の内容を確認するとともに、GVPに基づく安全管理情報として適切に検討・記録することが重要です。 特に、自社製品が今回示された誤使用のシナリオに関係する場合には、追加の安全確保措置が必要かどうかを整理しておくことが求められます。
弊社(一般社団法人薬事支援機構)では、医療機器の製造販売後安全管理(GVP)、安全管理情報の評価、注意事項等情報の確認、PMDA・厚生労働省の通知や医療安全情報を踏まえた対応方針の検討など、医療機器製造販売業者の薬事対応を支援しています。「今回のPMDA医療安全情報を自社でどのように評価すべきか」「GVP上どこまで対応・記録すればよいか」「表示や情報提供資材の見直しが必要か」などでお困りの場合は、ぜひ弊社までお気軽にお問い合わせください。