概要
厚生労働省は令和8年3月30日、植込み型BCI(ブレインコンピュータインターフェース)を対象とする評価指標を公表しました(医薬機審発0330第1号)。これはBCI技術を利用した医療機器の承認申請にあたり、収集すべき資料や評価の着目点を示すものです。開発中・開発予定の企業は、承認申請資料の収集を始める前に本評価指標を確認しておく必要があります。評価指標は法的な基準ではなく、製品特性に応じて項目の追加や省略があり得る点に留意してください。

1. 背景と目的
1.1 なぜ今BCIの評価指標か
厚生労働省は、医療ニーズが高く実用可能性のある次世代医療機器について、審査時に用いる技術評価指標をあらかじめ作成・公表してきました。目的は製品開発の効率化と承認審査の迅速化です。BCIは、脳とコンピュータの間で情報をやり取りし、身体機能を補完・回復・強化する技術です。閉じ込め症候群など、手足の動きや発話での意思表出が困難な患者の意思伝達支援、精神疾患や高度麻痺患者のリハビリ促進などへの応用が期待されています。国内外で実用化を目指した臨床試験が進みつつあり、評価の考え方を整理する必要が高まりました。
1.2 既存指標との関係
BCIに関する評価指標は、平成22年公表の「神経機能修飾装置に関する評価指標」の各論(6)が最初でした。今回はこれを基礎とし、近年の技術革新を踏まえて内容を拡充しています。米国ではFDA(米国食品医薬品局)が2021年5月に植込み型BCIのガイダンスを策定しており、在宅使用やAI技術を用いる場合は既存の関連評価指標とあわせて参照することが求められます。本指標は拘束力を持たず、今後の技術進展に応じて改訂される前提のものです。
2. 主要要件と対象
2.1 評価指標の対象範囲
本評価指標が対象とするのは、運動や意思伝達などの身体機能を補完・回復する「植込み型の出力型BCI」です。脳活動を計測し、脳信号を解読して意図を読み取り、制御信号を生成して対象装置を動かす技術を指します。ALS(筋萎縮性側索硬化症)の閉じ込め状態の患者では、意思伝達が可能になる利益が大きく、機器植込みのリスクとのバランスを説明できる可能性があります。一方、身体機能の強化(軍事利用を含む)を意図した技術は倫理的課題があるため対象外とし、標準的な機能の補完・回復に限定しています。DBS(脳深部刺激装置)等の神経刺激治療機器や非植込み型BCIは対象外ですが、適用可能な場合の準用は妨げません。
2.2 BCIシステムの4ユニット構成
BCIは全体を一つのシステムとして捉え、次の4ユニットで構成されると整理されています。
- 計測ユニット:脳活動を計測する装置。植込み型と非植込み型に分かれる
- 解読ユニット:脳信号から特徴を抽出し、機械学習等で意図を読み取る装置
- 制御ユニット:解読結果に基づき制御対象を動かす信号を出力する装置
- 制御対象ユニット:最終的に患者へ効能をもたらす装置。意思伝達装置やロボットアーム等
各ユニットが医療機器(プログラム医療機器を含む)に該当するか判断が難しい場合は、所管の都道府県薬務主管課やPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)への相談が推奨されます。
2.3 記載が求められる基本事項
承認申請の説明では、開発の経緯、臨床的位置づけ、開発品目の仕様、国内外での使用状況、設計と原理(アルゴリズムを含む)を明確に示す必要があります。計測ユニットで得た情報が解読・制御ユニットで適切に処理され、制御対象ユニットの出力が臨床的意義のある有効性を持つこと、システム全体と各ユニットの安全性を示すことが求められます。既承認のBCIシステムを利用して個別ユニットを開発する場合、変更のない部分の評価を省略できることがあり、必要に応じてPMDAの相談制度の活用が推奨されます。
3. 実務対応
3.1 非臨床試験のポイント
非臨床試験の目的は、臨床試験実施の科学的・倫理的な妥当性の判断根拠を得ることと、許容できないリスクを否定することです。ベンチテスト(in vitro)と動物試験(in vivo)を通じて、システム全体と各ユニットの有効性・安全性を評価します。in vitro評価では、電気的安全性・EMC、機械的安全性、生物学的安全性、無菌性、無線通信・無線給電、MR適合性などが対象です。生物学的安全性はコンポーネントごとに生体接触部位が異なるため、それぞれ評価項目を検討します。in vivo評価では、長期安全性や耐久性などベンチテストで評価できない要因を扱い、既存の科学的情報を活用して動物試験の負担軽減を図れる場合があります。ただし、動物とヒトでは脳のサイズや認知機能が大きく異なるため、動物試験で得られるエビデンスには限界があります。
3.2 臨床試験のポイント
臨床試験では、機器の故障ではなく患者が正しく使用できないことに起因する使用関連ハザードに留意します。早期から人的要因の知見を得て、ユーザーインターフェースを最適化することが重要です。試験デザインでは、複数の患者集団を登録する場合に統合評価の合理性を示す必要があります。適用基準・除外基準を設定し、長期的な安全性・耐久性を評価できる十分な追跡期間を確保します。植込み電極は時間とともに信号検出能力が低下する可能性があるため、製造販売後調査も推奨されます。有効性の主要評価項目には、意思伝達の正確性や伝達速度など、システム全体の臨床的有効性を評価できる項目を設定します。QOL(生活の質)の副次評価やPROM(患者報告アウトカム測定法)の活用、PPI(患者・市民参画)の考慮も求められます。
3.3 誤動作リスクと責任の明確化
BCIでは、不適切な意思表示や動作が患者の意図によるものか機器の誤動作によるものか判定が困難です。製品の原理・性能限界・出力される情報について事前に患者へ説明し、同意を取得する必要があります。免責事項は法務部門と協議して明確に定めることが望まれます。誤動作が重大な転帰を招かないよう、重要な動作には複数回確認などのフェイルセーフを設け、患者自身が物理的にシステムを遮断できる仕組みも検討されます。これらの実効性は臨床試験の中で確認します。
まとめ
植込み型BCI(ブレインコンピュータインターフェース)の評価指標は、承認申請に必要となる非臨床試験・臨床試験の考え方や、システム全体の評価方法を整理した重要な指針です。 法的な基準ではありませんが、開発初期から評価指標を踏まえて試験計画や資料収集を進めることで、承認申請を円滑に進められる可能性があります。 特に、AIを活用したアルゴリズムや複数ユニットで構成される医療機器では、早い段階からPMDAへの相談も検討することが重要です。
植込み型BCIやプログラム医療機器(SaMD)は、技術革新が著しい一方で、薬機法上の該当性判断、評価項目の設定、試験計画の立案など、開発段階から専門的な薬事対応が求められます。 評価指標を十分に理解した上で、製品特性に応じた開発戦略を構築することが、効率的な承認取得への近道となります。
弊社(一般社団法人薬事支援機構)では、植込み型BCIをはじめとする次世代医療機器・プログラム医療機器(SaMD)の薬事戦略立案、医療機器該当性の検討、PMDA相談資料の作成支援、承認申請資料のレビューまで幅広くサポートしています。 植込み型BCIの評価指標への対応や承認申請でお困りの際は、ぜひ弊社までお気軽にお問い合わせください。