概要
本通知(薬生機審発0323第1号、平成29年3月23日)は、歯科用インプラントの承認申請における疲労試験の検体選定方法について、具体的な取扱いを示したものです。歯科用骨内インプラント材、歯科用インプラントフィクスチャ、歯科用インプラントシステム及び歯科用インプラントアバットメントを対象としています。
従来、疲労試験に供するワーストケースの選定については、国際的な議論が行われていたものの、具体的な判断基準は概念的なものにとどまっていました。本通知では、平成27年度の研究事業における報告書の提言に基づき、日本国内での承認審査において具体的な検体選定方法を明確化しています。特に、金属材料の相変化(弾性変形から塑性変形への移行)に着目した「塑性変形開始荷重値」による評価方法が導入されており、審査の円滑化と国際整合性の向上が期待されています。
1. 通知の背景と目的
1.1 従来の規定と課題
歯科用インプラントの承認申請においては、「歯科用インプラント承認基準の制定について」(平成21年5月25日付け薬食発0525004号、以下「承認基準通知」)及び「歯科用インプラントの承認申請に関する取扱いについて」(平成24年7月13日付け薬食機発0713第1号、以下「Q&A通知」)に基づいて審査が行われてきました。
承認基準通知の別紙1「歯科用インプラント承認基準における技術基準」第4.4.1項の「(b)疲労試験」では、リスク評価により疲労強度に関してリスクが最も高いと分析された製品(ワーストケース)を検体として、ISO 14801(JIS T 6005も同様)に準じた疲労試験を実施することとされています。
しかしながら、ISOのワーキンググループにおいてワーストケース選定の議論は行われていたものの、国際整合性の観点から概念的な判断基準しか示されておらず、日本国内での承認審査において具体的な選定方法を示すことが求められていました。
1.2 研究事業による検討
平成27年度医薬品等規制調和・評価研究事業「革新的医療機器で用いられる医療材料の生体への安全性等の評価方法等に関する研究」の分担研究として、「国際標準歯科インプラント材料の生体安全性及び疲労強度評価に関する研究」が実施されました。
この研究では、ISO原案であるISO/DIS 14801:2014を参考に、独立行政法人医薬品医療機器総合機構及び日本歯科材料工業協同組合(歯科材料組合)の協力のもと、金属材料の材料試験における疲労強度と耐力、引張強さ等の間に相関が存在することに着目した検討が行われました。その結果、リスク評価に係るワーストケース選定の評価法の一つとして、金属材料の相変化に着目した検討も適当であるとの見解が示されました。
2. ワーストケース選定のフローチャート
2.1 フローチャートの概要
本通知では、歯科用インプラントの疲労試験におけるワーストケース選定のためのフローチャートが別紙1として示されています。このフローチャートはISO 14801:2016を参考に作成されており、DIS等の審議を経て発行された当該規格に基づく反映がなされています。
フローチャートに従った選定プロセスでは、インプラントシステムの構成要素を段階的に評価し、最終的にワーストケースとなる検体を決定します。1つのシステム内にインターナルとエクスターナルがある場合は、それぞれでフローを検討する必要があります。
2.2 選定の基本的な流れ
ワーストケース選定は以下の要素を順次検討して行います。
まず直径の選択として、すべての径について使用目的が同一の場合は最も細い径のものを選びます。使用目的が異なる場合は、使用目的ごとに最も細い径のものを選択します。
次にフィクスチャの長さの選択では、公称骨レベル以下(製品の製造販売業者が推奨する、フィクスチャを骨に埋入させたときの骨最上面から下方向に向かっての埋入位置)3mmで最も小さな断面を持ち、長さ8mm以上の最も短いものを選択します。
包埋レベルの選択については、公称骨レベルがただ一つの場合はそのまま進みます。複数ある場合は、公称骨レベル以下の包埋面の平面(試験で用いる包埋材の表面位置における、フィクスチャの埋入断面)がワーストケースとなる公称骨レベルを選択します。具体的には、幾何学的な形状の急激な変化、径の変化、アバットメントスクリューの終端、スレッドの終端などを考慮します。
アバットメントの角度の選択では、試験条件下でどのアバットメントに対して最大モーメントアームとなるかを考察します。「ストレート」と「角度付き」がある場合は、それぞれで考察を行います。
最後に試験配置の選択として、負荷方向はISO 14801の図2の試験配置に従います。軸対称か回転防止機構が存在するかを確認し、一般的な力学的考察、有限要素解析(FEA)又は静的荷重試験に基づいて、最も弱くなる荷重方向やサブタイプを評価してワーストケースを選定します。
2.3 フローチャートの適用に関する注意事項
フローチャートが適用できる材料は、金属材料で製造されるインプラントです。静的荷重試験では塑性変形開始荷重の値を利用して評価を行います。
別々にフローを検討すべきものとしては、使用原材料の視点から金属材料(原材料規格)ごとの検討があります。ただし、既に使用前例のあるチタン系金属材料はまとめて検討して差し支えありません(新たなチタン系材料についてはこの限りではありません)。また、形状・構造の視点からボールアバットメントとロケーターアバットメントは別々に検討が必要です。
既製アバットメント(形状等が特定されて製造されるアバットメント)と共にフローを検討できるものとしては、CAD/CAMを含むプレパラブルアバットメント(製造販売業者の推奨加工範囲でのワーストケースを用いる)、UCLAアバットメント(製造販売業者の推奨加工範囲でのワーストケースを用いる)、マルチアバットメント(最終組合せ品)があります。
ワーストケースの選定対象として含めないものは、咬合負荷を加えない暫間用やヒーリング用アバットメントです。
フローチャートが適応できる形状範囲については、歯科用インプラントフィクスチャ及び歯科用骨内インプラント材は、1ピースタイプでは骨内埋入部最大直径3.0〜6.0mm、全長13.5〜23.8mm、2ピースタイプでは骨内埋入部最大直径3.0〜7.0mm、全長6.0〜22.0mmのものが対象となります。ただし、2ピースタイプのうち骨内埋入部最大直径が3.8mm未満であり、かつ全長が6.25mm未満のものは除かれます。歯科用インプラントアバットメントについては、歯科用インプラントフィクスチャと歯科用インプラントアバットメントとの各主軸がなす角度が30度以下のものが対象です。
3. 塑性変形開始荷重値によるワーストケース選定の評価
3.1 塑性変形開始荷重値の定義
塑性変形開始荷重値とは、静的荷重試験の荷重-変位曲線において、最大荷重に至るまでの間に、金属結晶からなる検体が弾性域から塑性域に変化していると想定される領域での荷重値を指します。弾性域では検体は弾性を示すため、荷重-変位曲線は荷重の増加に伴い変位が一定率で単調増加し直線的となります。一方、塑性域では検体の金属結晶がすべりを生じ、疲労試験による検体の延性破壊と同様な現象が生じるため、荷重が増加しても変位が一定率で増加せず直線的ではなくなります。
塑性変形開始荷重値は、弾性域から塑性域に変わる変曲点を求め、その変曲点における荷重値を求めることで決定されます。
3.2 試験方法
検体の試験配置についてはJIS T 6005に準拠し、試験方法についてはJIS Z 2248に準拠します。
3.3 塑性変形開始荷重値の決定方法
塑性変形開始荷重値の決定には、目視法とエネルギー差法の2つの方法があります。
目視法は、試験装置によって得られた荷重-変位曲線から図式解法により塑性変形開始荷重値を決定する方法です。荷重-変位曲線の横軸を変位、縦軸を荷重としたとき、弾性域から塑性域に変化する変曲点を目視で求め、弾性域における直線(弾性直線)と荷重-変位曲線を比較し、弾性直線から外れる荷重-変位曲線上の点を変曲点として、その点における縦軸の値を塑性変形開始荷重値とします。これは材料試験の方法でいわれる「オフセット耐力」に相当するもので、通常0.2%オフセット耐力が用いられており、それらの方法を参考にすることとされています。
エネルギー差法は、試験装置によって得られる荷重-変位の関係を示すデジタルデータから数値解析により塑性変形開始荷重値を決定する方法です。この方法では、まずデジタルデータの補正として試験装置の遊びの影響を取り除くため、変位及び荷重の実測データをそれぞれ補正値(正の値)だけ負方向にシフトさせてデータ全体を平行移動し原点を補正します。次に荷重-変位曲線の多項式近似として、デジタルデータは離散的であるため、連続した荷重-変位曲線として5次以上の多項式近似を行います。さらに、多項式近似曲線から弾性直線(近似曲線の1次の項の直線)を求めます。
エネルギー差の計算では、近似曲線から得る検体に蓄積されるエネルギーEa(近似曲線の積分値)を求め、塑性域に至らず永続的に弾性域が続いたと仮定した場合の弾性エネルギーEe(弾性直線の積分値)を求めます。そして、これらのエネルギーの差(Ee – Ea)がある閾値((Ee – Ea)/Ee × 100 = 20%)となる点を求め、その点における変位をDとします。最後に、変位Dに変位方向の補正値を加えた値(変位D’)における実測データの荷重値を塑性変形開始荷重値とします。
3.4 決定方法に関する留意点
目視法による塑性変形開始荷重値の決定方法については、荷重-変位曲線において弾性直線が明らかに引けるもの、かつ弾性直線との比較により変曲点が明らかに示せるものにしか適用できません。
エネルギー差法による塑性変形開始荷重値を用いて検体間の比較を行う場合は、検体ごとに異なる閾値を用いず、同一の閾値を用いることが重要です。
両方法による比較については、試験プロトコルの統一性から、目視法とエネルギー差法により求めた塑性変形開始荷重値を比較することはできません。したがって、どちらか一方の方法によってワーストケースを選定する必要があります。ただし、それぞれの方法によって選定されたワーストケースの検体による疲労試験の実測値の比較をすることは妨げられていません。
4. 承認申請における取扱い
4.1 検体選定の理由の記載
別紙1のワーストケース選定のフローチャートに基づき、最終的に選定されたワーストケースで疲労試験を行った場合は、その旨を検体選定の理由として記載することとし、詳細な検体選定の経緯及びその理由を記載しなくても差し支えありません。これにより、承認申請書類の作成負担が軽減されます。
4.2 有限要素解析等によるリスク評価との関係
承認基準通知別紙1第4.4.1項の「(b)疲労試験」について、Q&A通知のQ&A8では「有限要素解析(FEA)又はその他の方法によりリスク評価を行う場合は、解析結果に係る資料提出の上で、解析の設定条件を含む解析方法の妥当性を示すこと」とされています。
静的荷重試験により求められた塑性変形開始荷重値によるワーストケース選定の評価については、この「その他の方法」に当たり、解析結果に係る資料として、ワーストケース選定に供された試験検体の塑性変形開始荷重値を示すことが求められます。また、解析の設定条件を含む解析方法の妥当性を示すこととされているため、フローチャートを参考に塑性変形開始荷重値の決定方法が妥当であることを示す必要があります。
まとめ
歯科用インプラントの承認申請では、ISO 14801(JIS T 6005)に基づく疲労試験が求められますが、実務上の大きなポイントは「ワーストケース検体をどのように選ぶか」です。薬生機審発0323第1号(平成29年3月23日)通知では、従来は概念的であった選定基準を、フローチャートとして具体化し、審査での判断のブレを抑える仕組みが示されています。
本通知の特徴は、静的荷重試験で得られる塑性変形開始荷重値を用いた評価を導入し、FEA等のリスク評価と同様に合理的にワーストケースを説明できる点にあります。一方で、目視法・エネルギー差法のどちらを採用するか、材料や形状の分岐(インターナル/エクスターナル、ロケーター等の別検討)など、申請資料として整合性を保つための注意点も多く、設計仕様と試験条件の紐付けが重要になります。
一般社団法人薬事支援機構では、歯科用インプラントの承認申請における疲労試験のワーストケース選定方針の整理、試験計画(プロトコル)作成、申請資料への落とし込みまで一貫して支援しています。通知に沿った選定を行っているつもりでも、審査での指摘につながるケースは少なくありませんので、検体選定や試験設計でお悩みの際はお気軽にご相談ください。